80年代うまれ(かながわ県)

80年代うまれの思い出し日記

墨田区八広の大黒湯

 墨田区八広の大黒湯はおばあちゃんちのすぐ近く、風情だなんて、それで当然だった。

 チンチンに熱い湯に色が奇妙な海と島の絵、大きい湯船と小さな湯船に仕切られて、小さな方はでたらめに熱かった。

 墨田区八広の大黒湯は風情なんてありゃしなかった。それで当然だったから。脱衣所にはぶら下がり健康器があった。

 下町の湯には人が集まってくる。熱さにこらえて唸るはちまきケロリンも手ぬぐいも床やれ背中をたたいて音を出す、脱衣所ではタオル一枚コーヒー牛乳と野球中継、壁付け扇風機の下では子どもが口を開けていた。

 僕と兄と従兄弟の三人には目的があった。それぞれ服を脱いでかごに入れる。湯に入るまでははしゃいでいたけど、湯に入ったらば我慢くらべがはじまった。

「ザ・ガマンね」と、兄は必ずそそのかす。

 湯船からは白色の湯気がもうもうと立ちのぼって、ぼんやりとした。湯の中ではほんのわずか、1ミリでも動くとピリッと身体が痛かった。

 兄たちは温度になれて、あげくの果てに潜りっこを始めようと「この下にある穴、抜けてそっちがわいけるよ」なんて。

 僕たちは湯の中で何もかもあっためていた。母やおばあちゃんのことを考えたし、父やおじいちゃんのことも考えた。幸福が湯の中でのぼせ上がって身体の芯まで真っ赤にした。

 僕と兄と従兄弟の三人には目的があった。

湯から出て、脱衣所で、コーヒー牛乳? いいや違う。大黒湯には一台だけ、脱衣所の奥まったところに一台だけ、それが置かれていたのだ。

 熱血高校ドッジボール部!一回50円!

つまり、僕と兄と従兄弟の三人は服もろくに着ないでこいつをやるわけで、15分、30分、身体も冷えて、本末転倒。

「こらあ! あんたたち、またゲームやってんでしょ! はやく帰ってらっしゃい!」と番台の外から怒鳴る母の声がした。

「よーお! いちかわさんとこの子たちかあ、どーりでよお」と番台の親父が言った。

「なーに? なにが言いたいのよ! まったく!」と母が威勢よく言い返す声がひびく、と、着替えていた大人たちが笑いだした。

墨田区八広の大黒湯はおばあちゃんちのすぐ近く、風情だなんて、それで当然だった。

 

 

 

 

 

読んでくれてありがとう。明日も元気で!

多分僕もまた来ます。