中古物件・内覧
見たい物件が2つあって、それぞれ公園のそばにあった。2つの物件がはさむように小さな公園があって、整備された小川をのぞくと、名も知らない小魚が泳いでいた。
小魚は僕がのぞいてもよそ者を拒む様子はなく、すました様子だった。
東側の物件は、てきとうなガレージ付き、庭に桜の木が1本、外壁は汚れが少なく、広々としたリヴィングに対面キッチンでお風呂も申し分なかった。
西側の物件は、ガレージはなし、庭に古びた自転車が一台と犬のいない犬小屋があって、サイディングは粉がふき、玄関の外に出ていた傘立てには徹夜明けの灰皿のように傘がいくつもささっていた。
「中、少し、前の居住者の方の荷物がまだ残ってるんですが」と、不動産屋の男が玄関を開けた。
れいくん、うちんちここだよ。おかあさん、ただいまー。ともだちつれてきた。
れいくん、僕のモーターしらない? 昨日れいくんが帰ったあと、なくなったんだ。
玄関には様々な靴、洗面所には家族の歯ブラシ、壁にはお父さんと題されたクレヨン画、ダイニングテーブルにはソースにしょう油、キッチンには賞味期限の切れていないインスタント食品がある。
せりざわ まこと 5さい
おたんじょうび おめでとう
いつもげんきで やさしいまことちゃん
おともだち みんなとなかよしです
さいきんは おりがみあそびがおきにいりだね
そつえん まで あとすこし
ちょっぴり さみしいけれど
げんきいっぱいな まことちゃんでいてね
やがて、一人きりの連休ほどの苦しみや月の裏側に落ちるほどの孤独に苛まれて、過去を振り返るとき、これらの生活がよすがになる。一体、どんな悲しいことがあれば、どんな嬉しいことがあれば、二度と手に入らないこれらを捨てていけるのだろうか。
西側の家で、僕は流しにつばを吐いた。嫁はお腹が空いたと訴えた。これはめずらしいことだった。
その日の夜、あたたかい毛布をかけて眠る前、嫁が僕に考えたことを話してくれた。西側の家では宝くじが当たって、着の身着のまま幸せの中を旅に出た、今ごろはサハラ砂漠の高級なホテルのプールサイドにいて、くにゃくにゃ曲がったストローをつかってフレッシュジュースを飲んでるところ。それから、白い手袋をした召使いに小切手を渡して、西側の家の後処理をサングラス越しに頼んでいる、と。大した嫁だと思い、僕は目を閉じた。
すると、僕は西側の家から外へ出るところ、サハラ砂漠の真ん中を歩くまことちゃんに追いついた。まことちゃんは手を出して僕にモーターを手渡すと、再び歩きだした。僕は彼女を追いかけてモーターを返そうと彼女の肩に手をかけた。振り返ったまことちゃんの顔は嫁によく似ていた。
読んでくれてありがとう。明日も元気で!
多分僕もまた来ます。